故郷への旅

8月に還暦を迎え、考えたことは、健康でいたいと思った。そして、始めたのが、ウォーキングである。次は、故郷への思いである。東京に出てきて約40年が過ぎた。波乱の人生であったが、二人の子供達も、社会人となり、ひと区切りがついた今、妻には申し訳ないと思いながら、自分一人で、約二週間の故郷への旅に出ることにした。

私には、2つの故郷が有る。一つは、小学校2年生まで過ごした宮崎県。もうひとつは、高校卒業までを過ごした大分県である。宮崎には、私の両親の墓が有り、叔父、叔母達が住んでいる。大分には、姉がいて、2人の親友と云うべき友達がいる。

宮崎の旅

2009_1028_091815cimg0171 宮崎では、両親の墓参り、長年ご無沙汰している、叔父、叔母達を訪ねたり、日南海岸などの観光地を訪ねて過ごした。私の実家はないので、高鍋で一人住まいの叔母の家にお世話になった。写真は、叔母の庭に、自生している、リンドウの花である。りんどうは、日光にあたらないと花が咲かないらしい。宮崎県でも、庭にりんどうの花が咲いているのは、珍しいとのこと。

大分の旅

2009_1031_100523cimg0185 大分では、姉の家に、寝泊まりして、二人の同級生の親友と再会した。一人は、高校時代の友達のO君。今も、メールのやり取りをしている仲である。彼の、車で、山並みハイウエイをドライブ、写真は、志高湖の遊歩道から、久重連山を撮ったものである。まだ、若干紅葉は早いようだったが、自然の美しさに感動した。もう一人は、小、中学校の友達でT君である。彼とは、すっかり変貌してしまった風景を、四,五十年前の街並みを頭の中で蘇らせながら、母校の小、中学校を訪ねた。話ているうちに当時の出来事が、走馬灯のように次々に浮かんできて、すっかり少年時代に戻ることが出来た。

故郷への旅を、無事に終えての感想は、ゆうに八十才を越えた、叔父叔母達が、体にハンデを抱えながらも、元気に明るく姿を、目のあたりにして、自分のこれからの生き方にヒントを与えてくれた気がした。また、二人の親友が孫の事を嬉しそうに話す様子を見て、孫は可愛いという言葉を実感させられた。

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校歌を聞いて青春を懐かしむ。

校歌と聞いて、真っ先に思い出すのは高校野球の甲子園大会である。そのスタンドで、生徒やOB達が歌っている姿が、テレビの画面で映し出されると、どの顔も、喜びにあふれ、誇らしげに声高らかに歌っている。おそらく、一生の思い出として、残るであろう。

人は歳とともに、昔を懐かしむことが多くなるが、私も同様で、しかも故郷から遠く離れて暮らしている為か、その想いは強い。いつもなら、そこで終わりとなるが、先日は、ふと母校のHPを検索してみようと思った。

私にとって、一番思い出が深いのは、中学校時代である。勉強を本格的に始めたし、異性に対しても興味も持ち始めた時代だったからだと思う。

私の母校は、大分市内に有った城東中学校である。私が生まれた昭和24年は、戦後のべビーブームで、一番人口が多いと聞いている。当時、市内の4つ小学校から、卒業すると、城東中学校に入学していた。1学年、600人以上、1クラスも50人以上で、13クラスあった。考えて見ると、全学年合わせると、1800人近くいたことになる。今は、30人学級になりつつあるが、当時の先生達は大変だったろうなと思う。

さて、HPをのぞいてみると、新たに中学校が出来たこともあり、今は全校で700人余りとの事。他に色々と検索していると、いかに様変わりしているか、知らない事ばかり、でも、ついに昔と変わらないものを見つけました。

校歌が載っていたのです。URLをクリックすると、生徒達の校歌を唄っている声が聞こえて来ました。私は懐かしくなり、目を閉じて、当時の出来事を思い出したり、嬉しくなって一緒に歌ったりして、何度も聞きました。

これからも、ちょくちょく校歌を聞かせて貰おうと思っています。

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CS出場絶望的!!

ライオンズファンの私にとって、奇跡を信じたいのですが、大変残念ながら、今日の敗戦で終焉となりそうです。楽天の勢いが半端でなく、これぞCS出場に監督をはじめ全員が一眼となっている様子が伝わってきます。もしかすると、楽天が2位になるかもしれません。

それにしても、今年の、無様な戦い方を見ていると、昨年のアジアNO.1は、何だったのと言いたくなります。

私の予想では、伸び盛り選手が多いので、昨年の優勝が大きな自信になり、今年も優勝し、黄金時代の再来を願っていたのですが、全くの期待はずれでした。

やっぱり、一番の原因は、フロントサイドだと思います。たしかに、今年は、ファンサービスに、力を入れていることは認めます。今年の球場観戦して、そのことは感じましたし、観客の数も増加したようです。しかし、戦力補強を怠ったつけがもろに出てしまいました。救援陣の補強、左の強打者が必要な事は、十分判っていた筈です。金を惜しんで、お茶を濁すような補強したのでしょうが、その全員が、全て不振でした。ファンは、まず贔屓チームが強い事を望んでいます。大いに反省してください。

渡辺監督も、今年は昨年に比べ、冴えた采配が見られなかった気がします。抑えのグラマンの故障で、全てが狂ったのでしょうか?

何度も、何度も同じ負け方をして、腹が立ちました。例えば、昔の話ですが、東尾監督が先発の豊田を抑えにまわしたように、石井選手あたりを説得して、試してみるとかしても良かったのではないでしょうか、ただ、嘆いているばかりでなく。

黒江さん、大久保さんが抜けてことも大きかったですね。今年は、任せられるコーチがいなくなり、負担が増えてしまったのではと思います。

選手たちも、涌井、岸、中村選手以外は、昨年に比べ、成績が、がた落ちですね。若手も銀さん以外は、大して進歩したとは感じません。

まだ、CS出場に、かすかな望みが残っていますが、大いに反省して貰いたいと思います。

気に障る事を長々とかきましたが、半世紀、ライオンズファン一筋の気持ちだと思って、許して下さい。

心の中は、まだ奇跡が起こることを、祈っています。

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ウォーキング

も、8月の誕生日が来て、還暦を迎えました。人生80年として、あと20年です。そう考えると寂しくなりますが、プラス思考に切り替えて、先が見えた残りの人生を楽しむにはどうすれば良いか考えてみました。

色々と考えた結果、やはり健康が一番だと思いました。医者から、血糖値が高く、糖尿病予備軍の領域でカロリー制限や運動をするように言われています。言われる度に、考えるのですが、なかなか実行に移せませんでした。しかし、還暦になったのを機会に、運動を始める事にしました。

しかし、大病を患って以来 、運動らしきものはしていませんので、いきなり激しい運動は無理、しかも、毎日できるようなものでなければ、何にもなりません。そこで考えたのが、ウォーキングでした。幸いに、元気な頃は、山歩きが好きでしたので、続けることが出来そうだと思いました。

そこで、ウォーキングの効用を検索してみると、私の思いとピッタリと一致することがわかりました。メタボの予防、脳の活性化なども効果あり良いことばかりです。また、ヒポクラテス(古代ギリシャの医者)が、”歩くことは人間にとって最良の薬”と言ったことも知りました。

開始日を、切り良く9月1日にしました。また、私の住んでいる多摩市は、緑が多く、道も車に出会うこともなく歩けるので、ウォーキングをするには、最高のところです。

今日で、12日目になりますが、毎日休むこともなく続いています。朝6時前自宅を出発し、途中、公園で水分補給、約50分間歩いて帰ります。歩数は万歩計で量ると約6500歩です。

最初の1週間は、眠いやら、足が痛むやら、日頃の運動不足を痛感し、今日は休もうと思ったこともありましたが、禁煙と一緒で、1週間の辛抱だと続けました。今は、足取りもしっかりしてきて、歩くことが苦痛でなくなりました。そのうち、ジョギングに移行出来ればと思っています。

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出会う人たちは、ジョギングしている人、犬を連れて散歩している人、夫婦で散歩を楽しんでいるひと、私のように少し速足でウォーキングしている人など様々です。

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そのとき歴史が動いた。

そのとき歴史が動いた。2009年8月30日は、正にそんな日だった。かって、NHKで、松平アナが名調子で語る、同様な題名の番組が有り、よく観ていたが、今回の出来事も、後世に語り継がれる事件の一つに違いないと思う。

選挙の序盤より民主党優勢が言われていて、終盤の情勢では、新聞の予想が300を超えると知り、まさか、そこまではと思っていたが、現実になってしまった。

思い起こせば、4年前、金属疲労を起こしている自民党が、当時の小泉首相の”郵政民営化選挙”ということ言葉で、無党派層の心を掴み、衆議院選挙を大勝した。しかし、今日までの4年間を振り返ると、我々庶民には、何の恩恵もなく、かえって、格差が広がった。その後自民党は、二人の首相が任期途中で投げ出し、昨年麻生首相」が誕生したが、選挙を先延ばしして、任期満了で、今回の選挙になった。

今回、民主党大勝の要因は、色々考えられるが、不景気対策に有効な手立てを打てず、毎度毎度の不祥事続き、流石に、私のような無党派の人間や、自民支持者の一部の人までもが、自民党に愛想を尽かし、政権交代に乗った事が大きな要素だと思う。

世界の人から、変化を好まないと言われている、日本人が行動を起こしたのだから、民主党には、重い責任が託されたと思う。もしも、大きく期待を裏切ることのなれば、政治不信が一層高まり、日本にとって大変な不幸な事態が待ち受けることになるかもしれない。

その理由は、二大政党と言われるが、はたして、現状で、民主党に変わる自民党が、再生できるか疑問に思うからである。今回の大敗北が、あまりにも大きく、失礼な言い方になるかもしれないが、苦戦したり、落選したが比例区で救われた大物たち姿を見ていると、賞味期限が過ぎた感じがして、未来を感じないからである。

願わくば、これから、3か月の間に、選択は間違いでなかったと思える成果を見せて貰いたいと思う、そして、今回の小沢チルドレンと言われる人たちが、かつての小泉チルドレンと呼ばれた人たちと、同類な方でないことを信じている。

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カールおじさん

2009_0810_000156cimg0128 昨日の事です。寝そべって、テレビを見ながら、スナック菓子のカールを食べていたら、一つだけ通常とは違った型をしたものがでてきました。最初は作る工程で発生した不良品では、と思いましたが、なんとなく形が面白かったので、家族のものに見せようと、テーブルの上に、のせておきました。

夜になって、帰宅した娘が、それを見つけたようで、”あっ、カールおじさんだ”と大きな声をあげました。

言われてみれば、たしかに、袋に印刷されている、おじさんの顔に似ていました。話によると、他のお菓子でも、同じようなことがあるそうです。

年甲斐もなく、ちょっとうれしい気分になりました。初めて見る人もおられると思いますので画像を載せました。

         

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プロ野球後半戦スタート

プロ野球は、オールスターが終了し、後半戦に突入しました。我がライオンズは、現在3位にいますが、どんな展開が待っているのか、希望的観測ではありますが、想像してみました。

例えば残り約60試合を40勝20敗であれば、パリーグ制覇が可能ですが、ちょっと無理な数字でしょう。であるならば、上位2チームの弱点を考えると、ここ数年後半戦の成績が極端に落ちるソフトバンク、ロッテ戦の圧倒的な勝率が原因で首位にいる日ハム。と今後苦戦しそうな要素が十分に考えられます。おそらく両チームとも、西武の動向を一番気にしているはずです。

ライオンズは、後半戦の初戦は敗れましたが、細川の復帰、そして、戦力になるかは未知数ですが、ようやく中継ぎの助っ人を補強と明るい話題は出てきました。ライオンズは、CS出場が目的ではなく、常に首位争いをするチームであるはずです。これからの暑い季節を若い力で乗り切り、最後にはパリーグ制覇を果たして下さい。期待しています。

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冷や汁の味

先週の月曜日に梅雨が明けて、暑い夏の季節がやってきました。近くの公園を散歩すると、高校球児達の甲子園に向けての地区予選が始まっており、黄色い声援が耳に伝わってきます。高校野球は夏を告げる風物詩だと思います。

ところで、夏を告げる食べ物とは何でしょうか?私が、真っ先に浮かぶのは、スイカです。核家族が進んでいるせいでしょうか、スーパーでは、分割された状態で売られています。私の小さい頃は、井戸水の中に大玉のスイカを浮かべている風景をよく見たものでした。

では、子供の頃に食べた、夏の料理といえばどんな料理思い出しますか?私は宮崎で生まれ、その後大分に移り住みましたが、そのころ、祖母がよく作ってくれたのが、冷や汁でした。夏休みの昼食、冷えたご飯に冷や汁をかけよく食べたものでした。暑くて食欲がないときでも、これだけは、喉を通りました。東京に住んで40年あまり、今は両親も祖母も他界しています。私も歳を重ねるごとに、昔の出来事を懐かしく思い出すようになりました。そして、なぜか、ふと思ったのが、祖母が作った、あの味の冷や汁を作って見ようでした。

宮崎は、東国原知事が誕生以来、色々な産物が全国に知れ渡るようになり、冷や汁もその中の一つだと思います。数年前、物産展で、冷や汁を購入し食べましたが、祖母が作ったあの味とは違っていて、ちょっと残念だった記憶がありました。当時10歳の頃ですから半世紀前のことですが、しっかり私の頭の中にインプットされているようです。宮崎の中でも地域によって作り方に違いがあるのでしょう。妻も宮崎ですが、冷や汁を食べた記憶があまりないと言っています。たとえば、宮崎も鹿児島よりの地域ではあまり食べないのかもしれません。(間違っていたら、ごめんなさい。)

本日、昼食を食べ終わり、ちょっと休憩後、さっそく冷や汁作りに挑戦しました。

まず、頭の中の記憶から、あの時食べた冷や汁に必要であろうと思われる材料を取り出しました。それは、焼き魚、焼きみそ、豆腐、ゴマ、キュウリ、大葉でした。

近くのスーパーに行き、買い置きのない、魚、絹豆腐を購入しました。魚は、さっぱりとした白身の鯵にしました。

参考の為に、ネット検索で冷や汁料理を調べてみました。ところが、驚いたことに、私のイメージ通りの冷や汁の作り方紹介したプログが有りました。おそらく、祖母と同じ地域の方ではないかと想像しました。

簡単な説明ですが、こんな方法で作りました。

鯵は焼いてから、身をほぐす(骨は取り除く)、豆腐も潰すし、両方を出し汁と一緒に入れて沸騰させる。

味噌をアルミ箔の上に平らに載せ、オーブントースターで、焦げ目がつく程度まで焼く。それを沸騰している汁の中に入れ、味噌汁の要領で溶かす。

ここがポイントで、それを冷ますこと。冷めたら、多めに白ゴマをすり、汁の中に投入、胡瓜2本も細く切り投入、大葉15枚を刻み投入。最後に汁ごと、ボールに入れ、ラップして冷蔵庫に入れておく。

約1時間が過ぎ、冷蔵庫の中から、取り出して味見をしてみました。そうすると、驚いたことに約半世紀も前に食べた、冷や汁の味がするではないですか。感動です!!!

さっそく、今夜の夕食に出すことにしましたが、あいにく妻は出かけており、娘と二人だけの夕食になりました。娘に食べ方を説明し、味を訪ねると、”おいしい、でも冷やご飯ならもっと合いそう”その通りなのです。もともと冷や汁は、冷めたご飯に乗せて、サラサラと食べる料理ですから。

私も祖母の味を噛みしめながら、美味しく夕食をとることが出来ました。久しぶりに充実した夕食でした。

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強い流れに乗った。

昨日の都議会選挙は、戦前の予想通り、民主党の圧勝だった。しかし、ここまで勝つとは、ちょっと想像が出来なかった。民主党の強風が、大量の浮動票を取り込み、自民党をなぎ倒し、共産党までも大きく議席を減らした。公明党は堅い組織票で、難を逃れたようだが。

これまでの、私が体験した、強い流れは、消費税導入時のオタカサンブーム、小泉さんの郵政民営化選挙だろうか。今回の選挙は、たしかに、国政選挙ではないが、この強い流れを、約1月半後の総選挙までに、変えることは、民主党に大きな失点が出ない限り、不可能に近いと思う。支持政党なしの大半の人が、1度民主党にやらせてみようと思っているからである。自民党は、風向きを変えるには時間が足りないと思うであろうし、民主党は早く総選挙をと考えるているであろう。

今の情勢では、民主党の単独過半数も大いに考えられる状況である。主たる原因は、首相の顔だけを変え、その時民意を問わなかったことが、大きいと思われる。麻生さんの時就任直後、あるいは小沢さん退陣のタイミングで選挙をやっていれば、ここまで深刻な状況に陥ることはなかったはず。

いずれにしても、8月30日どんな結末が待つているのだろうか?興味深々である。

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子宮筋腫

今年の5月のことです。夕食を食べ終わり一息ついていた時、帰宅した娘が、いきなり、悲痛な顔を浮かべ、、私達(妻と私)に向かい、”病院に行かなければならない”と言いました。表情から、これはただ事ではないと察し、事情を聴くと、お腹に腫れものが有り、段々大きくなっているとのこと。たしかに、服の上から触れてみると、堅い固まりが手に触れたのでびっくり仰天です。色々と聞いてみると、1年前から気が付いていたとのこと。

その言葉を聞いて少しは安心しましたが(悪性なら1年も日常生活が出来ない筈)いずれにしても至急に診察の必要がある。状態でした。娘から、症状を聞きながら、PCで病気の検索をしていると、子宮筋腫である可能性が高まりました。考えてみると、祖母も母も、同様の病気で手術を受けていることを思い出しました。遺伝性がある病気なのかもしれません。

翌日、病院に行き、数日後、検査の結果やはり子宮筋腫であることがわかりました。そしてやはり、大きく育ちすぎているので、筋腫の削除をする手術をすることになりました。

それから、1か月の間、女性ホルモンを抑える薬を飲んで、手術の日を迎えました。話では、2時間ぐらいで、心配することはないと先生から聞いていましたが、やはり、待合室で手術が終わるのを待つ間は、心配で、心の中で手を合わせ娘の無事を祈りました。予定どうり2時間で手術は終了。担当医から摘出された筋腫を、ポラロイド写真で見せて貰い、あまりの大きさにびっくりしました。両手でやっと持てるほどでした。こんなのがお腹の中に入っていたとは、そういえば、貧血や腰が痛いと話していたことを思い出しました。手術後2,3日は熱が出たそうですが、1週間後、七夕の日に無事退院しました。後は20日ぐらい療養したのちに、職場復帰するそうです。

今回の出来事は、娘にとって、人生を送る上で貴重な体験だったと思います。泣き虫の娘と思っていましたが、点滴棒を押しながら、笑顔で手術室の向かった姿に、成長を感じて親ながら感動しました。

娘の話では、先生より、女性の3割の人が、子宮筋腫にかかるそうです。最近は、抜糸の必要がないそうです。自然に溶ける糸を使っているからだそうです。ここにも、科学の進歩を感じました。

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