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プロ野球後半戦スタート

プロ野球は、オールスターが終了し、後半戦に突入しました。我がライオンズは、現在3位にいますが、どんな展開が待っているのか、希望的観測ではありますが、想像してみました。

例えば残り約60試合を40勝20敗であれば、パリーグ制覇が可能ですが、ちょっと無理な数字でしょう。であるならば、上位2チームの弱点を考えると、ここ数年後半戦の成績が極端に落ちるソフトバンク、ロッテ戦の圧倒的な勝率が原因で首位にいる日ハム。と今後苦戦しそうな要素が十分に考えられます。おそらく両チームとも、西武の動向を一番気にしているはずです。

ライオンズは、後半戦の初戦は敗れましたが、細川の復帰、そして、戦力になるかは未知数ですが、ようやく中継ぎの助っ人を補強と明るい話題は出てきました。ライオンズは、CS出場が目的ではなく、常に首位争いをするチームであるはずです。これからの暑い季節を若い力で乗り切り、最後にはパリーグ制覇を果たして下さい。期待しています。

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冷や汁の味

先週の月曜日に梅雨が明けて、暑い夏の季節がやってきました。近くの公園を散歩すると、高校球児達の甲子園に向けての地区予選が始まっており、黄色い声援が耳に伝わってきます。高校野球は夏を告げる風物詩だと思います。

ところで、夏を告げる食べ物とは何でしょうか?私が、真っ先に浮かぶのは、スイカです。核家族が進んでいるせいでしょうか、スーパーでは、分割された状態で売られています。私の小さい頃は、井戸水の中に大玉のスイカを浮かべている風景をよく見たものでした。

では、子供の頃に食べた、夏の料理といえばどんな料理思い出しますか?私は宮崎で生まれ、その後大分に移り住みましたが、そのころ、祖母がよく作ってくれたのが、冷や汁でした。夏休みの昼食、冷えたご飯に冷や汁をかけよく食べたものでした。暑くて食欲がないときでも、これだけは、喉を通りました。東京に住んで40年あまり、今は両親も祖母も他界しています。私も歳を重ねるごとに、昔の出来事を懐かしく思い出すようになりました。そして、なぜか、ふと思ったのが、祖母が作った、あの味の冷や汁を作って見ようでした。

宮崎は、東国原知事が誕生以来、色々な産物が全国に知れ渡るようになり、冷や汁もその中の一つだと思います。数年前、物産展で、冷や汁を購入し食べましたが、祖母が作ったあの味とは違っていて、ちょっと残念だった記憶がありました。当時10歳の頃ですから半世紀前のことですが、しっかり私の頭の中にインプットされているようです。宮崎の中でも地域によって作り方に違いがあるのでしょう。妻も宮崎ですが、冷や汁を食べた記憶があまりないと言っています。たとえば、宮崎も鹿児島よりの地域ではあまり食べないのかもしれません。(間違っていたら、ごめんなさい。)

本日、昼食を食べ終わり、ちょっと休憩後、さっそく冷や汁作りに挑戦しました。

まず、頭の中の記憶から、あの時食べた冷や汁に必要であろうと思われる材料を取り出しました。それは、焼き魚、焼きみそ、豆腐、ゴマ、キュウリ、大葉でした。

近くのスーパーに行き、買い置きのない、魚、絹豆腐を購入しました。魚は、さっぱりとした白身の鯵にしました。

参考の為に、ネット検索で冷や汁料理を調べてみました。ところが、驚いたことに、私のイメージ通りの冷や汁の作り方紹介したプログが有りました。おそらく、祖母と同じ地域の方ではないかと想像しました。

簡単な説明ですが、こんな方法で作りました。

鯵は焼いてから、身をほぐす(骨は取り除く)、豆腐も潰すし、両方を出し汁と一緒に入れて沸騰させる。

味噌をアルミ箔の上に平らに載せ、オーブントースターで、焦げ目がつく程度まで焼く。それを沸騰している汁の中に入れ、味噌汁の要領で溶かす。

ここがポイントで、それを冷ますこと。冷めたら、多めに白ゴマをすり、汁の中に投入、胡瓜2本も細く切り投入、大葉15枚を刻み投入。最後に汁ごと、ボールに入れ、ラップして冷蔵庫に入れておく。

約1時間が過ぎ、冷蔵庫の中から、取り出して味見をしてみました。そうすると、驚いたことに約半世紀も前に食べた、冷や汁の味がするではないですか。感動です!!!

さっそく、今夜の夕食に出すことにしましたが、あいにく妻は出かけており、娘と二人だけの夕食になりました。娘に食べ方を説明し、味を訪ねると、”おいしい、でも冷やご飯ならもっと合いそう”その通りなのです。もともと冷や汁は、冷めたご飯に乗せて、サラサラと食べる料理ですから。

私も祖母の味を噛みしめながら、美味しく夕食をとることが出来ました。久しぶりに充実した夕食でした。

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強い流れに乗った。

昨日の都議会選挙は、戦前の予想通り、民主党の圧勝だった。しかし、ここまで勝つとは、ちょっと想像が出来なかった。民主党の強風が、大量の浮動票を取り込み、自民党をなぎ倒し、共産党までも大きく議席を減らした。公明党は堅い組織票で、難を逃れたようだが。

これまでの、私が体験した、強い流れは、消費税導入時のオタカサンブーム、小泉さんの郵政民営化選挙だろうか。今回の選挙は、たしかに、国政選挙ではないが、この強い流れを、約1月半後の総選挙までに、変えることは、民主党に大きな失点が出ない限り、不可能に近いと思う。支持政党なしの大半の人が、1度民主党にやらせてみようと思っているからである。自民党は、風向きを変えるには時間が足りないと思うであろうし、民主党は早く総選挙をと考えるているであろう。

今の情勢では、民主党の単独過半数も大いに考えられる状況である。主たる原因は、首相の顔だけを変え、その時民意を問わなかったことが、大きいと思われる。麻生さんの時就任直後、あるいは小沢さん退陣のタイミングで選挙をやっていれば、ここまで深刻な状況に陥ることはなかったはず。

いずれにしても、8月30日どんな結末が待つているのだろうか?興味深々である。

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子宮筋腫

今年の5月のことです。夕食を食べ終わり一息ついていた時、帰宅した娘が、いきなり、悲痛な顔を浮かべ、、私達(妻と私)に向かい、”病院に行かなければならない”と言いました。表情から、これはただ事ではないと察し、事情を聴くと、お腹に腫れものが有り、段々大きくなっているとのこと。たしかに、服の上から触れてみると、堅い固まりが手に触れたのでびっくり仰天です。色々と聞いてみると、1年前から気が付いていたとのこと。

その言葉を聞いて少しは安心しましたが(悪性なら1年も日常生活が出来ない筈)いずれにしても至急に診察の必要がある。状態でした。娘から、症状を聞きながら、PCで病気の検索をしていると、子宮筋腫である可能性が高まりました。考えてみると、祖母も母も、同様の病気で手術を受けていることを思い出しました。遺伝性がある病気なのかもしれません。

翌日、病院に行き、数日後、検査の結果やはり子宮筋腫であることがわかりました。そしてやはり、大きく育ちすぎているので、筋腫の削除をする手術をすることになりました。

それから、1か月の間、女性ホルモンを抑える薬を飲んで、手術の日を迎えました。話では、2時間ぐらいで、心配することはないと先生から聞いていましたが、やはり、待合室で手術が終わるのを待つ間は、心配で、心の中で手を合わせ娘の無事を祈りました。予定どうり2時間で手術は終了。担当医から摘出された筋腫を、ポラロイド写真で見せて貰い、あまりの大きさにびっくりしました。両手でやっと持てるほどでした。こんなのがお腹の中に入っていたとは、そういえば、貧血や腰が痛いと話していたことを思い出しました。手術後2,3日は熱が出たそうですが、1週間後、七夕の日に無事退院しました。後は20日ぐらい療養したのちに、職場復帰するそうです。

今回の出来事は、娘にとって、人生を送る上で貴重な体験だったと思います。泣き虫の娘と思っていましたが、点滴棒を押しながら、笑顔で手術室の向かった姿に、成長を感じて親ながら感動しました。

娘の話では、先生より、女性の3割の人が、子宮筋腫にかかるそうです。最近は、抜糸の必要がないそうです。自然に溶ける糸を使っているからだそうです。ここにも、科学の進歩を感じました。

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