先週の月曜日に梅雨が明けて、暑い夏の季節がやってきました。近くの公園を散歩すると、高校球児達の甲子園に向けての地区予選が始まっており、黄色い声援が耳に伝わってきます。高校野球は夏を告げる風物詩だと思います。
ところで、夏を告げる食べ物とは何でしょうか?私が、真っ先に浮かぶのは、スイカです。核家族が進んでいるせいでしょうか、スーパーでは、分割された状態で売られています。私の小さい頃は、井戸水の中に大玉のスイカを浮かべている風景をよく見たものでした。
では、子供の頃に食べた、夏の料理といえばどんな料理思い出しますか?私は宮崎で生まれ、その後大分に移り住みましたが、そのころ、祖母がよく作ってくれたのが、冷や汁でした。夏休みの昼食、冷えたご飯に冷や汁をかけよく食べたものでした。暑くて食欲がないときでも、これだけは、喉を通りました。東京に住んで40年あまり、今は両親も祖母も他界しています。私も歳を重ねるごとに、昔の出来事を懐かしく思い出すようになりました。そして、なぜか、ふと思ったのが、祖母が作った、あの味の冷や汁を作って見ようでした。
宮崎は、東国原知事が誕生以来、色々な産物が全国に知れ渡るようになり、冷や汁もその中の一つだと思います。数年前、物産展で、冷や汁を購入し食べましたが、祖母が作ったあの味とは違っていて、ちょっと残念だった記憶がありました。当時10歳の頃ですから半世紀前のことですが、しっかり私の頭の中にインプットされているようです。宮崎の中でも地域によって作り方に違いがあるのでしょう。妻も宮崎ですが、冷や汁を食べた記憶があまりないと言っています。たとえば、宮崎も鹿児島よりの地域ではあまり食べないのかもしれません。(間違っていたら、ごめんなさい。)
本日、昼食を食べ終わり、ちょっと休憩後、さっそく冷や汁作りに挑戦しました。
まず、頭の中の記憶から、あの時食べた冷や汁に必要であろうと思われる材料を取り出しました。それは、焼き魚、焼きみそ、豆腐、ゴマ、キュウリ、大葉でした。
近くのスーパーに行き、買い置きのない、魚、絹豆腐を購入しました。魚は、さっぱりとした白身の鯵にしました。
参考の為に、ネット検索で冷や汁料理を調べてみました。ところが、驚いたことに、私のイメージ通りの冷や汁の作り方紹介したプログが有りました。おそらく、祖母と同じ地域の方ではないかと想像しました。
簡単な説明ですが、こんな方法で作りました。
鯵は焼いてから、身をほぐす(骨は取り除く)、豆腐も潰すし、両方を出し汁と一緒に入れて沸騰させる。
味噌をアルミ箔の上に平らに載せ、オーブントースターで、焦げ目がつく程度まで焼く。それを沸騰している汁の中に入れ、味噌汁の要領で溶かす。
ここがポイントで、それを冷ますこと。冷めたら、多めに白ゴマをすり、汁の中に投入、胡瓜2本も細く切り投入、大葉15枚を刻み投入。最後に汁ごと、ボールに入れ、ラップして冷蔵庫に入れておく。
約1時間が過ぎ、冷蔵庫の中から、取り出して味見をしてみました。そうすると、驚いたことに約半世紀も前に食べた、冷や汁の味がするではないですか。感動です!!!
さっそく、今夜の夕食に出すことにしましたが、あいにく妻は出かけており、娘と二人だけの夕食になりました。娘に食べ方を説明し、味を訪ねると、”おいしい、でも冷やご飯ならもっと合いそう”その通りなのです。もともと冷や汁は、冷めたご飯に乗せて、サラサラと食べる料理ですから。
私も祖母の味を噛みしめながら、美味しく夕食をとることが出来ました。久しぶりに充実した夕食でした。
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